2019-02-27 第198回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第1号
不登校についてですが、中学校時代に不登校であった生徒の割合が、二十九年度ですけれども、二一・六%。文科省の二十七年度の調査結果では、全国の中学校における不登校生徒の割合は二・八%ということですから、高等専修学校は、全体で比較しますと、不登校の生徒が通っている、入学する割合というのは、平均値からすると八倍もいるという非常に高い値となっています。
不登校についてですが、中学校時代に不登校であった生徒の割合が、二十九年度ですけれども、二一・六%。文科省の二十七年度の調査結果では、全国の中学校における不登校生徒の割合は二・八%ということですから、高等専修学校は、全体で比較しますと、不登校の生徒が通っている、入学する割合というのは、平均値からすると八倍もいるという非常に高い値となっています。
この事件発生現場は、私が具志川中学校時代、校区にあったんだ。学校の近くにあったんだ。よもや私もそこでこのような残忍かつ非道な事件が起こるなんというのは夢にも思いませんでした。 ところで、去る三月十七日に地元二紙が報ずるところによると、アメリカ政府は、ケネス被告が日米地位協定上の被用者ではないとして、遺族の補償請求を拒否する意向を示したようですが、それは事実でしょうか。
中学校時代は、今度はがらりと変わりまして野球の選手に憧れたものであります。そういう世代であります。もう八十歳ですから平均寿命にほぼ達しておりまして、これからどれだけと思っておりますけれども。 現在、年金者組合が中心になって行っております年金引下げ違憲訴訟の原告の一人としても参加しております。
先ほど大臣がおっしゃった、NGOの方々とも協力をしてということでいいますと、「空爆より、教育を下さい」、こう言っているナビラさんのところは、私の中学校時代の野球部の後輩なんですけれども、イスラムの研究所をつくっております宮田さんという理事長がこのナビラさんのまさに教育支援のプロジェクトを立ち上げてやっているんですね。
かつて、中学校時代だったかな、傘を忘れた人がいて、それを届けて、駅員さんにいい子だと褒められたことを覚えております。
○下村国務大臣 私は、小学校、中学校のときはサッカー部に入っておりまして、高校のときは新聞部だったんですが、部活動のときの人間関係というのは今でも続いているんですね、小学校、中学校時代、それから高校時代。そういう意味で、ただ学校に行っているということだけでなく、部活動における付加価値というのは、スポーツにおいても、文化においても、大変強いものがあるのではないかと思います。
○政府参考人(布村幸彦君) 先ほど全国的な実態調査の話を少しさせていただきましたけれども、それ以外にも今後、過去に、中学校時代に不登校であった子供たちが大人になったときにどういう生育状況にあるのか、そういう継続的な調査もやってみようと思っておりますので、そういった際に子供たちの家庭における環境、特に先生から御指摘いただいた示唆に富む間取りの件についても、プライバシーの問題はあろうかと思いますけれども
また、官房長官も仙台にお住まいだったということですが、私も小学校、中学校時代に、父親の転勤に伴って仙台、青森、東北に一時住んでおりまして、今回の震災には大変ショックを個人的に受けております。 また、私自身、今、公明党の対策本部の中で復旧復興支援チームの座長をさせていただいておりまして、きょうはその立場から、震災復興関連の質問をさせていただきたいと思っております。
○あべ分科員 節目だけではなく、例えば、小学校時代、中学校時代、高校時代、大学時代、そういうステージがあると思いますが、どの時代に一番お金がかかると思いますか。
つまり、小学校、中学校時代にドイツ語を学ぶことによってドイツへの理解を深め、そして、大人になったときに日本とドイツとのかけ橋になっていくんだと思います。 私、そのときにふと、日本のドイツ学校、高等学校にも委員長のもとで視察に参りましたが、ドイツというのは学制が違いますから、日本のように高等学校は三年制じゃないんですね。
そういう意味で、一つは、その学校の中身という意味では、新しい学習指導要領におきましても、中学校、高校の接続という部分ではきめ細かく、中学校時代の部分が学習をもう一度して適応できるようにということ、あるいは単位制の学校等々、いろいろきめ細かく方針を作り、そして充実をする、器を良くするということは施策をとらえてきたし、これからも新学習指導要領に基づいた幅広い施策を取り組んでいこうというふうに思っております
小学校、中学校時代、いろいろなことがあって、日本人の厳しい思いというのが、彼らにはなかなかつらいことであったろうなという記憶も確かに持って育っております。 しかし、これらに対して、日本人はたび重なる援助、また朝銀系統に対して一兆四千億以上に上る税金の投入等々含めて、随分いろいろな面で配慮してきている。同時に、特別永住者として、投票権以外は全部同一に扱ってここまで来ています。
その子供たちの幼稚園時代の友達が小学校時代、中学校時代どうなって、高校進学を果たしたか果たさなかったかということも含めて見ておりますし、私の家のすぐ前のごみ捨て場は外国人の皆さんも使う、三軒置いて隣が外国人が集住するアパートである、そういう中で日々研究教育及び地域での実践活動に携わっております。
田本さん、田本さんというのは会の人です、田本さんが石垣中学校で亡くなったと聞いて、田本さんの息子さんがその石垣中学校時代に亡くなっているんです、少し不安もありますけど頑張っていきたいです。皆さんもこれからの活動を頑張ってください。皆さんの力で少しでも多くの人が犯罪をなくすことができればいいなと思っています。そして、今いじめられている人も少しは勇気をもらえると思います。
恥ずかしい思いをしながら回らせていただいたり、さすが校長先生だな、教頭先生だな、また先生だなと、改めて、ああ自分も先生によって変えられてきたな、変わることができたなと思いながら、昔のぼっくう小僧だったころの小学校、中学校時代を思い出しているというようなことでございまして、やはり現場から声がどれだけ上がっているのかなというのが今日の質問の骨になるところでございます。
まずもって、私、横田めぐみさんが通われていました新潟市の寄居中学校というところには、中学校時代から何度も足を運んだところでございます。そしてまた、物心ついたときから、新潟の海、浜辺を夜一人で歩くな、夜一人で歩くと、ずた袋をかぶせられて北朝鮮に拉致されるぞということを、昔から新潟では、これはもう十五、六年も前から言われておりました。
私の時代からというか、ここ十年間ぐらいでもう大きくその情報化という部分が変化をしてきて、私の小学校、中学校時代は想像していない漫画の世界のことが今既にもう目の前に起きて、現実に現実化しているわけなんですね。 そこでちょっとお聞きしたいんですけれども、インターネットをめぐるいろんな事件が頻発をしております。
ですので、やはり中学校時代をどうやって乗り切るかということは非常に大事なテーマになるのではないかなというふうに思います。思春期を迎えて子供が心身ともに大きく変化する時期に、ある意味で小学校のアットホーム的な雰囲気と違うものとぶつかるという、二重にやはり子供にとっては精神的にも負担が大きいのかなという気がしております。
私ども、学校での教育、小学校、中学校、高校、大学、それぞれあったわけでありますが、特に小学校、中学校時代にどういう先生に出会うことができるか、これは人格形成の上においても極めて大きいのだろう、このように思っております。
私の小学校時代あるいは中学校時代を振り返ってみますと、図画工作の時間がございまして、ナイフを使って竹トンボを作ったり、のこぎり、かんなを使って本箱を作ったり、あるいはブリキを利用してちり取りを作ったり、こういうことをいたしましたけれども、こうした昔に比べて今学校で余り教えていないんじゃないかなと、このようにも思います。